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ブログ紹介
31才、初妊婦の妊娠発覚から出産までの妊娠日記です。 phot[お腹の写真]に10ヶ月目の写真をアップしました(2005/11/19) ★もちべや (餅さん) ★今日も元気です。 (麻利亜さん) ★からふるな世界 (ころんさん) ★たまごっち (えいみさん) ★***que sera, sera*** (まうめさん) ★立派な親父になれるかな? (イタチさん) ★Hawaii在住親ばか育児日記 (まことさん) ★BABY is coming♪ (costamesa_2005さん) ★Kicky_Chicks (Chicksさん) ★つれづれなるままに-happy news & diary (aquitinさん) カテゴリ
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2005年 12月 02日
今日は退院日です。
退院診察の時に、聴覚検査、黄疸、小児科診察、ともに異常なしと言われました。 何かあっても私のりりに対する愛情が変わる訳ではないのですが、やっぱり普通に健康なのが一番ですよね。 健康に生まれて来てくれて、本当にありがとう。そして、こんなしょうもない自分でも、立派に子供を生めたことを、すごく誇りに思います。 もうすぐお迎えが来て退院です。妊娠日記はこれでおしまいです。続きは育児ブログで。準備が整い次第リンクできるようにします。 今まで読んで下さった方、温かいコメントで励まして下さった方、本当にありがとうございました。 -----追記----- 育児ブログ立ち上げました。→リリログ 2005年 11月 29日
![]() みなさま、お祝いのコメントありがとうございます。本当に励みになりました。 娘には、「梨々花(りりか)」と名付けました。由来は…特にないです。ある日ふと思いついて、すごく気に入ったので、その直感で付けました。入院前日になって義母に「画数が良くないから漢字を変えて欲しい」と言われて超焦りましたが、なんとか折れてもらいました。 そして念願の「ニット帽撮影」にも成功しました!!りりたん、かわい~!!今年の夏からずっと温め続けてきた計画がついに実現し、まだ育児は始まったばかりだというのに、かなりの達成感です。 うちの産院は、入院期間が手術後10日間と長いので、退院は今週の金曜日です。傷の痛みは随分引きましたが、血圧が高めとのことで、引き続き安静にしています。 2005年 11月 24日
![]() 11月22日13時43分、帝王切開で無事2696gの女の子を出産しました。 ベビは元気です!でも私は傷の痛さに瀕死の状態…。やっぱり帝王切開は陣痛がなくてラッキーなんて思ったのは甘かった(笑) 手術日と昨日はずっと尿管つけてベッドで寝たきりです。今日はやっと起きあがって、ベビに授乳しました!ひゃ~、感動!! ではまたしばらく安静にしてます。 2005年 11月 21日
今朝は10時半に家を出て、彼は仕事だったので義両親に産院まで送ってもらいました。
部屋は一度見学させてもらっていたけど、改めて広くてきれいだなぁと思いました。5万アップで個室にして良かった。 部屋に案内されてすぐに、義母が「これ、ソバ殻枕なんじゃない?」と気付きました。私はソバアレルギーで、食べるのも、ソバ殻枕もNGなのです。 看護師さんに変えてもらえるか聞いてくれたのですが、ソバ殻枕しかないので、家から持って来てもらうしかないと言われました。 仕事が終わってから彼が来てくれることななっていたので、彼に持って来てもらうようメールしました。 看護師さんが、「お母さん、よく気付いてくれたね、さすが親だねぇ」と言ってくれましたが、私の親じゃないんですけど…と思ったけどまぁどっちでもいいと思ったので敢えて訂正しませんでした。 そのあと義両親には帰ってもらって、あとは一人。今日やったのは剃毛、シャワー、NST、あとは自由でした。 結構時間的に余裕あったはずなんですけど、いろんな人にメールしてたりして、結構忙しかったです。私、そういうの多いです。時間あるはずなのにあまり何もできなかったというのが。 more 2005年 11月 20日
もうすぐ彼のお父さんが迎えに来ます。今日から彼の実家にお世話になって、退院後も1ヶ月ぐらいは滞在する予定です。
このブログもしばらくお休みかな~と思っていたのですが、携帯から投稿できるみたいなので、入院中も時間的精神的に余裕があれば更新したいと思います。 退院後は、育児ブログを立ち上げる予定です。それも時間的精神的に余裕があればですが。この妊娠日記は不妊治療のこととか、義父母に対しての否定的な感情なんかも含まれているので、ちょっと誰に見られても大丈夫…とはいかないので、育児ブログは、彼の実家でも更新できるような、また将来子供に見せる機会があっても大丈夫なような内容にしていきたいと思います。 彼の実家には毎週行っているので、よく知っている間柄ではあるのですが、お泊りをしたことはなく、ましてや連続1ヶ月滞在っていうのは、ちょっとどうなることやら分かりません。新生児のお世話より、そっちの方がドキドキしています。まぁ、ベビがいるから、会話に困るとか所在に困る、というのはないと思うのですが。 …ああ。でもあまりくつろげないことは確かですよね。でも新生児がいるのだから、自分のうちであってもくつろげるわけではないのです。そう考えると、自分たちだけで新生児の世話をするよりは助けてくれる人がいる方が絶対いいはずなので、ありがたいことだと思うべきですよね。 義母も義父も気を遣う相手ではないのです。ただ、あと彼の妹さんと、いとこ2人も一緒に住んでいるという、結構大所帯です。あと室内犬もいます。ちなみに私犬が好きではありません。。。頑張れ>自分、負けるな>自分。愛する彼とかわいいベビが一緒じゃないか。愚痴ならこのブログで吐けばいいから… さぁ、そろそろ着替えるかな。。。では行って参ります。 2005年 11月 19日
今日は最後のお腹の写真を撮りました。5ヶ月目から順番に並べてみるとこんな感じです。
5ヶ月(19w5d) 6ヶ月(23w5d) 7ヶ月(27w5d) 8ヶ月(31w6d) 9ヶ月(35w6d)![]() 10ヶ月(37w5d) よくもまぁ飽きずに毎週撮った写真はこちら。 なんかこの妊娠日記もどんどんまとめに入ってきています。 ああそうだ。まだ出産していないけど、妊娠できたことに対するたくさんの人へのお礼を言っておきたかったんだ。 学生の頃からずっと仲良くしていたYちゃん。同い年の子供を作ろうねと言っていて、彼女は先に妊娠できたから、自分が妊娠した時に使った検査薬を縁起物として贈ってくれました。 不妊治療のクリニックを紹介してくれたKちゃん。私が自分から病院を探しているとはなかなか言えなかったことを気づいてくれて、いい先生を紹介してくれました。 熱心に治療に取り組んで下さったY先生。とても信頼できる優しい先生でした。 できちゃった婚の披露宴に招待してくれたAちゃん。Aちゃんの妊婦姿のウェディングドレス写真がかわいかったので、会社のデスクトップの壁紙に設定して毎日見てたら、その周期に妊娠できました。 そして不規則な勤務シフトの中、何ヶ月も1日3回の薬をかかさず飲んでくれた彼。今まで薬なんてほとんど飲んだことのない健康な男の人が、毎食後決められた薬を飲むというのは、大変な負担だったと思います。 みんな、みんな、ありがとう。 最後に、私たちのところを選んで来てくれたベビ。やっぱりあなたに一番ありがとうと言いたい。私たちを選んでくれて、本当に、本当に、ありがとう。 2005年 11月 18日
今日は入院前の最終の健診でした。
NSTの結果を見て院長が、「お腹が張ってるね」とのこと。内診はされたけど別に何も言われませんでした。まぁその通り道は使わないわけだから、開き具合とかもう関係ないんですかね?むくみはさらに酷くなったと言われたのですが、血圧、尿蛋白とも異常はないので、いわゆる妊娠中毒症ではないと言われました。 子宮底長は変わらずで腹囲だけ増えているのはやっぱり、ベビが横向きに入っているからなんだろうな~。体重はついに60kgになってしまいました。妊娠前+13kgです。でもそのうち2kgぐらいはむくみのせいだと言われました。出産したらむくみは取れると言われたけど、信じていいのだろうか… そして先週同様麻酔や切開、縫い合わせの方法などを説明をされました。赤ちゃんが産道を通らずに出てくるということは、ストレスなくいきなり外の世界に出てくることになるので、自分で体温調整や呼吸がうまくできない状態らしく、出てきたところを自分と家族が確認してすぐに、保育器に移されるそうです。赤ちゃんは丸一日保育器の中で、自分は2日間は回復室というところで安静にしていなくてはいけないらしく、状態が良ければ手術後3日目から母子同室が可能と言われました。手術自体は15分~30分で終わるらしいのに、そのあとが結構大変みたいです。 そのあと入院前の検査ということで胸部レントゲン撮影と採血をして、それから看護士さんから入院中の具体的なスケジュールが書かれた紙をもらい、簡単な説明がありました。「病院には前日の『じゅうしちじ』までに来て下さい」と聞こえたので、夕方の5時までに行けばいいと思っていたのですが、よくよく聞くと、『じゅういちじ』と言ってたらしく、午前11時にはもう病院に行っていないといけないと…ええ?そんなに早くから行く必要があるんですか???なんなら手術当日に行って、麻酔さして腹切って、ハイ誕生!ぐらいのもんだと思っていたのに、なんだか色々準備があるんですねぇ。私は随分甘く考えていたようです。 10日間の入院ではなく、実際は退院できるのが手術後の10日目ということだったので、手術当日と前日を合わせると、全部で12日間の入院になります。11月21日に入院、12月2日に退院という予定です。あ、病室でパソコン使ってもいいかって聞くの忘れた。 最後に「何か不安なことはありますか?」と聞かれたのですが、全てが初めてのことですぐには理解できないというか頭に入ってこなかったので、「特にないです」と答えました。あとはまた疑問が発生した時にその都度聞くことにします。 そして家に帰ってもう一度入院中のスケジュールとやらに目を通していたら、「毛の処理」とか「浣腸」とか「尿の管」とか、ゾッとするような単語がたくさん…それよりもゾッとしたのは、手術当日は「絶食」、翌日は「昼に飲み物が1本」「夜に流動食」、その次の日やっと「三分粥」「五分粥」…完全に病人じゃん!ああ、病人なのか。。。なんだか考えていたよりもよっぽど大変な事態みたいです、帝王切開。10日ほどの入院と聞いていたから、10日分のおやつを用意しておかないと、なんて考えていた私って、どれだけ食い意地が張ってるんだろうと改めて反省です。 まぁ13kgも太ってしまったわけだから、これはまたとないダイエットのチャンスだと思って諦めます。この入院中の食生活を見る限り、かなりのダイエット効果が期待できそうです。ああ、お腹空きそうな入院生活になりそうだなぁ… 【健診結果 37w4d】 ( )内は34w4dとの比較 子宮底長 32cm (+0cm) 腹囲 89cm (+2cm) 血圧 117/85 浮腫 ++ 尿蛋白 - 尿糖 - 体重 60.00kg (+0.8kg) ベビの推定体重…2500gは超えてるでしょうとのこと(数値見せてもらえず) 2005年 11月 17日
入院中のスケジュールは、明日説明を受けることになっているのですが、入院までのスケジュールとしては、
11月18日(金) 最終の定期健診 11月19日(土) 荷造り 11月20日(日) 彼の実家に荷物を運び込む(退院後1ヶ月はお世話になる予定) 11月21日(月) 入院 11月22日(火) 帝王切開手術 こんな感じです。 思い返せば、まぁ最後は逆子で帝王切開という、予想していなかった展開になってしまいましたが、とりあえずよくここまで無事に来れたと思います。 妊婦生活は楽しかったけど、私的にはやっぱり、妊娠に至る過程の方が思い出深いというか感慨深いものがあります。 友達夫婦の妊娠に影響されて自分たちも子供が欲しくなって、婦人体温計を買ってきて基礎体温をつけて、そうやって排卵日さえ把握しておけばすぐ妊娠できると思っていました。5ヶ月経っても6ヶ月経っても妊娠しなくて、ちょっと「あれ?」とは思いながらもまさか自分たちが…とまだ真剣には心配はしていませんでした。 1年経ってできなかったら病院かな~と思っているうちに、あっという間に1年が経ち、やっぱり病院で見てもらった方がいいのだろうか、でも婦人科なんて行った事ないし、ましてや不妊治療なんてすごいお金かかるらしいし…と、友達にも相談できず、毎朝の検温はプレッシャーとなり、基礎体温のコンマ1度に一喜一憂するという日々が続きました。 でもある時、友達になんとなく相談してみたら、その子が、自分の通っている婦人科の先生を紹介してあげようか?と言ってくれました。彼女は不妊治療ではなく別の症状で通っていたのですが、とてもいい先生で信頼できるとのことだったので、彼女の診察の日に一緒に行って、診察してもらいました。 それから数週間かかって私の検査が大体終わり、彼にも検査を受けてもらうことになりました。そして乏精子症だということを告げられました。原因は自分じゃなかったんだ、という安心と、この数では普通に妊娠するのは無理と言われたショックで、すごく複雑な気持ちでした。でもその時は、もし自分に原因があったとしたら、あんなに孫ができるのを楽しみにしていた彼の両親に申し訳ないと、そのことばかりプレッシャーに感じていたので、安堵の方が大きかったような気がします。 それからは4週に1度、排卵日前ぐらいに診察に通い、卵胞の大きさや子宮内膜の厚さから排卵日を推測してもらって、タイミングと、彼の方は漢方薬で徐々に精子の数を増やしていくという治療法を続けていました。漢方薬なので劇的な効果というのは期待できないし、人によってどれくらい効果があるのか、ないのか、というのも分からないとのことでした。飲み始めて3ヶ月後の検査では、1500万/ml→1900万/mlと、数としては増えていましたが、普通に妊娠が可能になるためにはせめて3000万/mlは必要と言われたので、まだまだ遠いという結果でした。 最初にクリニックに通い始めてから、8周期目ぐらいの時に、私がインフルエンザにかかってしまい、その周期も排卵日を教えてもらいに行ったのですが、高熱が続いた直後ということもあって、今回は卵胞の成長具合もよく分からないし、排卵周期もずれるので予測できないと言われました。今周期は諦めるかと思っていたのですが、なぜかその周期は高温期がいつもより長く、でもちょうど花粉症が始まりかけていたので、花粉症で微熱が続いているのかなと思っていました。 フライング検査をしたい気持ちを必死で抑えて、生理予定日を3日過ぎるまで待って、もうフライングではないだろうと思って検査薬を使ったら、陽性の印が出ました。妊娠した友達が、私の妊娠を心から願ってわざわざ送ってくれた検査薬だったので、これを使うからには絶対陽性であって欲しいと思っていました。そしてその検査薬を使っての陽性。まだ寝ている彼の枕元に検査薬を持って行って、「ほら見て。陽性が出たよ!」と言ったら、「ほう」だか「はあ」だか、寝ぼけながら一言発しただけでした。 そしてそれから1週間たたないうちに、会社を休んで彼とクリニックへ。内診台に乗って、祈るような気持ちでモニターを見たら、胎嚢が確認できました。彼にも診察室に入ってきてもらって、一緒にモニターを確認させてもらいました。あとで彼から聞いたのですが、先生に「そろそろ人工授精の話を切り出そうと思っていた、この精子の数で妊娠できたのは、自分の患者では今まで見たことがない」と言われたそうです。奇跡が起きたんだ~。 胎嚢確認から心拍確認までの10日間は、ズバリ流産ノイローゼでした。会社ではことあるごとにトイレに行っては出血していないか確認し、毎日ネットで流産の話題を見ては、自分がこうなったらどうしようと心配になり、何度も泣きました。1日1日がどれだけ長く感じたことか。一生のうちでこんなに辛く苦しい10日間は後にも先にもないと思います。 そして健診の前日、あまりにも不安になっている私に彼が、「明日はどんな結果になったとしても、ちゃんと家に帰ってくるんだよ」と言ってくれました。 その日は彼は家にいて、私だけがクリニックに行ったのですが、待合室でも緊張しまくって、体がガチガチでした。そして診察室に呼ばれて、処刑台に上るような気持ちで内診台に上り、エコーのモニターを見ました。すると、黒い袋のなかに薄ぼんやりと白いかたまりと、そのかたまりの中心がピコピコ動いているのが確認できました。先生が、「これが赤ちゃん、これが心臓です。大丈夫、この赤ちゃんは育ちます」と言ってくれました。 会計待ちの時からもう涙をこらえるのに必死で、他の患者さんもいるから絶対ここでは泣きたくないと思ってなんとか我慢しました。会計が終わって外に出て、彼に電話をしました。彼が出たので「あのね…」と話そうとしたら、一気に涙があふれてきて喉が詰まってしまって、何もしゃべれませんでした。「どうしたの?」と聞かれるから、この嬉しい報告を伝えたいんだけど、何か話そうとすると嗚咽にしかならなくて、電話を握り締めてただただ泣くだけ。それでもこの状況では絶対ダメだったという風に勘違いされていると思ったので、なんとか、「大丈夫だって…大丈夫、この赤ちゃんは育ちますって…言われた」とやっとのことで伝えました。彼は案の定、「もう、なんだよ…泣きながらかけてくるからダメだったのかと思ったよ…」 そしてもう大丈夫ということで自宅の近くの産院に転院し、そこからはトラブルなくここまで順調に来ることができました。最後のほうは逆子でちょっとバタバタしたけど、健康上は私もベビも問題なくここまで来れたので、ホント良かったと思います。 考えたら、不妊治療に通っていた7~8ヶ月より、今回の妊娠時期の方が時間的には長かったはずなのに、妊娠期間の方が感覚的にはあっという間でした。気づいたらもうあと5日で出産、この妊娠日記もそろそろ終わりです。この話は日記を始めたころから書こう書こうと思っていて、ずっと先延ばしになっていたことなので、ギリギリすべりこみでやっと書くことができて良かったです。 2005年 11月 16日
帝王切開の手術日が決定したことを受けて、彼が職場のシフト変更をしてもらったらしく、22日から3日間特別休暇をもらってくれました。22日は結局夜勤を変わってくれる人がいなくて、その日は1人欠員状態になってしまうとのこと。同僚の方、ごめんなさい。
昨日帰宅してから彼が、「○○さん(同僚の方)が、仕事場の勤務表の、子供が生まれてくる日のところに、名前を書き込んでいるんだよ」と言ったので、最初その○○さんのお子さんもうちと同じ時期に生まれてくるからその出産予定日を書き込んでいるのだと思いました。 ところが話を聞いていると、どうやらうちのベビの話みたいなのです。 「○○さんが、『漢字どう書くんだっけ…あ、思い出した』とか言っちゃって、22日のところに名前書いてるの。○○さん、名前知りたがってたからさ~」 え?もう職場の人にベビの名前を言ってるの?しかも漢字まで? なんかビックリです(笑)。最初あまりその名前に乗り気じゃなかったくせに、もう職場にまで公表していたなんて!なんだもうすっかり彼の中でもその名前で定着してたんだ。でもなんだかついに認められたみたいで嬉しいな~♪ そして、職場の方にまで、そんなに誕生を待ち望んでもらえてるなんて、良かったね~、ベビちゃん。 2005年 11月 15日
今日は最終の逆子ちゃんチェックに行って来ました。
ただの逆子ちゃんチェックだけだと思っていたのですが、診察券を提出してまもなく、受付から声が掛かり、「ノンストレステスト」なるものを2階の陣痛室で受けてくるように指示がありました。これがウワサの、臨月に入ったら始まる検査「NST」か! ベッドに横になり、お腹をめくって、聴力検査の時に耳に当てる機械のようなものを、お腹に2か所当てられました。1か所はすぐ位置が決まって固定されたのですが、もう1か所は看護師さん、なんだか位置を探っている様子…あ、ひょっとして逆子だからあるべきところにベビの心臓がなくて焦っているのかも。。。案の定、「逆子じゃないですよね?」と聞かれたので、「いえ、逆子です」と答え、看護師さんは無事、ベビの心臓を探し当てました。その瞬間、エコーを待たずしてやはり逆子のままであることが判明しました(笑 心音が「ドッドッドッドッ」と聞こえてきて、地震計測器みたいな、インクのついた針が振れてグラフ用紙に記録をとっていく機械で、20分ぐらいの記録をとりました。何の数値か分からないけど、心音にあわせて140前後の数値が常に変動しながら表示され、たまにベビが動くと、数値が一気に150とかそれ以上になりました。 20分ぐらい経って検査は終了し、結果のグラフを受付に提出、再び待合室で待ち、診察室へ呼ばれました。院長に「逆子直ってそう?」と聞かれたので、「さっきのテストで心臓が変な位置にありました」と答えると、「そうかぁ…」と残念そうでした。 まず内診をしてもらったところ、子宮口はまだ開いていませんでした。それからエコー、ベビは先週と同じ真横の状態。「これは非常に珍しいですね。出てきたら、なんでこの位置が良かったのか聞いてみたいです」と院長に言われました。生まれてきたら是非聞いてみたいと思います。 もうさすがに、今からは回れないだろうということで、体操まではしなくてよいとのことでしたが、院長はまだ未練があるらしく、でも右を下にして寝るだけでいいからやってみて、と言われました。結構、私より院長の方が残念で仕方ないという感じです。 帝王切開の手術は予定通り22日の火曜日、入院準備や入院中の詳しいスケジュールなんかは、金曜日の最終健診で説明してもらえるとのことでした。入院は手術前日の月曜日、手術の時間帯は、特に緊急の患者がいなければ昼の12時か1時頃で、約1時間程度で終わるとのことでした。 お腹は傷が目立たないように横に切るとか、麻酔は背中から打って、お腹から太ももの辺りぐらいまでの感覚を麻痺させるようにするということを言われました。赤ちゃんが無事出てきたのを確認してから、痛いようであればもう一度麻酔を打って眠らせるそうです。全身麻酔で、意識が戻ったら赤ちゃんが横で寝てた、とかそういうのじゃないみたいで良かったです。出てきた瞬間だけでも分かれば嬉しいですよね。 手術の日時が決定すれば彼に連絡することになっていて、メールすると、「その日は夜勤だから他の人に変わってもらう」という返事が来ました。職場の人には迷惑かけるけど、妻が出産って言ったら普通変わってもらえるだろうとまぁ、その辺は、多少のワガママもありでしょう。 ということで、正真正銘、あと1週間です。
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